くるりの「さよならストレンジャー」
さよならストレンジャーを、コーヒーをたてて聴く
音楽を聴くことが楽しみな人にとって、とても大切なレコード、CDがあるのです。
そしてその人のレコードが、「そのアーティストのデビュー作」であるなら、それはまた一段と大事に思えてくるのです。
くるりの「さよならストレンジャー」は、私にとってまさにそのような作品なのです。
例えばサザンオールスターズやRCサクセションは、年齢的にデビュー作は後追いだったし、ブルーハーツも世間的に盛り上がってから出会ったのです。
その意味で、フリッパーズ・ギターと、宇多田ヒカル、ナンバーガール、そしてくるりのデビュー作にリアルタイムで接することができたのは、本当に良い体験だったと思います。
まだどんな評価も付いていない、訳のわからない、ジャンルもイメージも曖昧な作品を聴くことは、自分を試されているようでもあるのですね。いちいち緊張してしまいます。
ちなみにくるりはインディで「ファンデリア」などもリリースしていますから、正確には「メジャーデビュー作」と書くべきですが、面倒なのでファーストとかデビュー作としてすすめます。
ジャケ写真の岸田繁さんの表情
自信に満ちているような、でも不安もあるような、なんとも言えない表情が本当に素敵なジャケットですよね。
赤いセーター?のダサい感じも^_^
佐藤さんは心ここにあらずという感じだし、森さんは「早く撮影終われ」みたいな表情だし、これからくるりが20年に渡ってすごい音楽を作り続けるなんて、全然想像つかないです。
一曲目のランチでくるりのトリコになった
シングルでリリースされていた「東京」をすでに聴いていたから、期待はすごく大きかったです。
どんなアルバムだろう?と。
そこに、こちらの期待を絶妙にかわすようなワルツでホントにビックリしましたよ。
そこで描かれた(おそらく)男女の関係が、まるでミステリアスで素敵だったんです。
君が微笑みかけた みがかれた床に造花の影が映る
君はランチを作った 食べきれないよ
微笑む声が僕のものじゃなくなる瞬間
久しぶりにコーヒーをたてよう 未来のことを話したい
いつでも愛ある明日を信じていたい コーヒーは冷めてしまったよ
どうでしょう、この短い歌詞の中に見られる、1つの部屋の中で流れる時間をスケッチしたような、時間を切り取って凝縮した絵画のような風景は。
コーヒーを普段は飲まない2人?
いや、飲んだとしてもネスカフェな2人?
それとも1人の方はコーヒーを飲む習慣がない、だからコーヒーにも手をつけずに冷めたのかな?
ランチを恋人が作ってくれたのだけど食べきれない、というのは?
あまり料理を作らない人が作ったからものすごくたくさん作りすぎたのかな?
久々に会った恋人に、嬉しくて思わずたくさん作ったのかな?
未来のことを?
結婚しようとか?
いや、もうこれで終わりにしようとか?それなら愛ある明日ってのがちょっと違う?
と、色々考えてしまう歌詞ですね。
コントラバスの優しい音色もステキな楽曲です。
今聴くと岸田さんの声がとっても若い。青春の若さだ
「虹」「マイオールドタイマー」「さよならストレンジャー」と聴きすすめていくうちに気づきますが、岸田さん声が、とっても若くて初々しいです。
「さよならストレンジャー」のように、ボーカルが中心な曲だと顕著ですよね。
マイオールドタイマーは、曲を聴いているだけなのに、画像としてドラムやベースが見えるような気がするんですよ。
シンバルが揺れてたり、弦が弾かれて振動してるところが見えるっていうか。
若者がスタジオっていうかガレージみたいなところで格闘してるみたいな感じなんですね。
「東京」のギターは、言葉にならない感情
レディオヘッドの「クリープ」にも似た、この「感情を音にする」というギター。
音楽なんだから、言葉じゃなくて音で表現するってのは当然と言われればそうなんですけど、でもこのサビ前のギターの「ガガ!!!」って音が今もすごく好きです。
この音を聴くために「東京」を聴くんだ、って言ったら怒られるかな?
リプリーズとしての「ランチ」に思う
隠しトラック、ではないのでしょうが、「ランチ」は最後にも登場します。
こんな歌詞です
立ちくらみがした
歌が聴きたくなった 多分君もそう
僕は5分で愛の歌を作り歌うよ
僕は嘘を 僕は嘘をついたよ
手をつないで帰ろう出会った場所へ
いつでも花を飾ろう
決して枯れない花を
いかがでしょう。
アルバムの最初に歌われた「コーヒーは冷めてしまったよ」は、2人のあいだの沈黙をあらわしているのではないでしょうか。
だからいたたまれなくなって、歌を聴きたくなった。
この2人はきっとハッピーエンドを迎えないという物語の結末を感じます。
出会った場所に帰れるのか?
いや、きっと帰れないからこそ、そう言う必要があったのではないでしょうか。
ああ。書きたいことは山ほどあるけど、全然うまく書けない。
もしも、くるりのアルバムはこの「さよならストレンジャー」しか聴いたことがない、と言う人がいたら?
くるりに対して、割と偏ったイメージを持ってしまうことになると思います。
「失われつつある日本の美しい景色や言葉を、センチメンタルに、時に激しくシャウトしながら、切ない若者の心情を吐露する」とか?
実際に「りんご飴」「傘」ばかり聴けばそうなっても仕方ない。
でも「ブルース」を聴けば、くるりの次のアルバムを待つまでもなく、彼らはそんなところにとどまっているバンドではなかったというのが分かるのではないでしょうか。
くるりはこの先、とんでもない変化を繰り返しながら、今も変化を、進化を続けるバンドであり続けています。