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PeaceだったりHiLightだったり

instagramの画像なんかをもってきて、そこから話をふくらませたりします。

2016年の紅葉

お題「紅葉2016」

 

https://www.instagram.com/p/BNnI_GIhSC8/

#いちょう並木のセレナーデ #銀杏 #紅葉 #落葉 #こどもの国銀杏の紅葉がとても綺麗✨川の土手なので人が踏むことが無い場所だから、手付かずな感じでいいですね!

 

お題を選んだものの困った。

インスタやカメラロールを眺めてビックリしたのだけど、今年の紅葉の写真がほとんど無い!

あれ、「季節に敏感でいたい」な生活を送っているはずなのに、何でだろう?

紅葉の季節、忘れてたのかな???

 

銀杏の思い出

せっかくだからインスタの銀杏の紅葉にまつわる思い出を。

私が通った幼稚園は、お寺でした。

広くもない園庭の真ん中に、威武堂々とそびえ立つ銀杏の木は、幼児にとってバベルの塔のように、あの世(お寺だから極楽かな)と人の世をつなぐ入り口のように思えたものです。

 

それにしても、体操や遊びの時に邪魔だったのではないかな?

いや、そんな思い出がないって事は、大して気にしなかったのかも。

 

銀杏拾いという修行

園長先生(もちろん住職)は、この時期にいつも銀杏をひろっていました。

ご存知のあとおり、幼児にとって銀杏の実の臭いは耐えられるようなものではなく、もし誤って銀杏を踏んだ子は、「ギンナンマン」とあだ名をつけられ、しばらくの間は誰も近づいてくれない、遊んでくれないという、幼児独特の残酷ゲームの餌食となるのでした。

 

にもかかわらず

 

園長先生(ツルッパゲの住職)は、お気に入りの子供に対して「一緒に銀杏拾おうよ!」と、子供の人権を全く無視するような遊びに誘う事があり、弱者の私たちはいつも秋の終わりを怯えて過ごすのでした。

 

スーパーのビニールなどを持たされ、園長先生(ベンツに乗ってたよ)が素手で拾う銀杏の実を、大事な宝物ように、自らの手の中に納めたものです。

子供ながらに私たちはそれを「修行」と呼んでいたのでした。

なかなかセンスあるね。

 

幸いにも私は園長先生(子供が6人いた)のお気に入りではなかったため、その修行を受ける事はありませんでした。

でも修行を終えた友人たちは、なんだか一皮向けて、一足先にお兄さんお姉さんになっていたのかもしれませんね。

 

ああ、懐かしや。